Tuesday, November 13, 2007

猫の写真>猫と一緒に写ってる外人の女の子。

先日「西宮のそれええやんコンテスト」ってのがあって、それに応募してきた!
写メールをパシャっと撮って送って、それで応募作品がショッピングモール内に飾られてそこを通った一般客の投票によって順位が決まるというもの。えー正直、勝つ気満々でした。


僕は4つあるテーマの中の一つ、「ホッとする笑顔」というテーマに対しても応募したんだけど、そこでの有力はどう見ても僕のとった猫と一緒に写った外人の彼女よりも、構図もテーマも半ば強引に無視したような可愛い、ほんと可愛い猫の写真だった。パネルを見にきた人を観察してみる。やっぱり猫や赤ちゃんに目が行ってる。
・30代後半くらいの両親と小学生ほどの子供たち。
・カップルで見にきた高校生
・中学生の仲良しグループで来ていると思われる女の子達
よくよく考えてみる。こりゃ~勝てねーなーと思ってしまった。


何でもそうだけど、やっぱり何かを相手に伝えるときに、そこに一種の共感や歩み寄り、感情移入を引き起こそうと思ったら、その人が経験したり、体験したりした生活の中の「文脈」を理解する必要があった。今回票を最大数獲得するためのポイントは、

日曜日に家族連れやカップルで来ている「日本人」に対して、

写真そのものよりも、その写真からの連想によって引き起こされる、

「うんうん、あるよねー!そうそう。ホッとするわぁ。」という共感、

あるいは実感だった。それが票を獲得する打算的ではあるけれど、重要なポイントなのだったと思う。


猫と一緒に写っている外人の女の子がいくら美人だったり、可愛かったりしても、それは「へぇー」にはなっても見にきた人の文脈からは「ホッとする笑顔」にはなりえない、ましてやそれを見て自分がホッとする姿も想像できない。でも可愛い子猫がこっちを向いていたら、それは彼らの文脈の中で「あー可愛い!」、「ホッとするわぁ」という同意にかわる。もちろん撮った本人はそんなことは考えていなかったのかもしれないけれど。。。この場合は、撮ったその人の感性がナチュラルに見にきた人と同じレベルに達していた、と考えられる。

自分の思ってることをただ一方的に理解させようとするのではなく、相手の文脈に乗せる、自分の言葉を彼らがわかるように編みかえる行為、これはとっても大事だと思った。話は若干脱線するけど、就活の時に書くエントリーシートなんかもまさにこれと同じことが言えると思う。そしてこの相手に対してわかり易く「翻訳」することによって、かなりの割合でエントリーシートの突破は狙える。


結果は…たぶん待たずとも見えてるけれど、今回のコンテストは写真を撮って自分が楽しむ行為そのものよりも相手のことを「動かす」為のヒントとして役にたちました。


けれどもやっぱり僕は写真だけは、自分がファインダー越しに見えた風景とか構図を切り取ってその場を自分なりに再構成する、表現するということにこだわりたい。そこだけは不器用でも譲れないところ。あれ、成長してないんかな…。

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